เข้าสู่ระบบ昭和33年秋。
2畳もない狭い支度部屋。
「ちょっと、
妹分の遊女の
柊は
ここ
それも今では遊女頭の
目が大きく頬がふっくらしたバタくさい顔をしているので売れない遊女になると言われていたのに映画女優の岡田茉莉子に似てるという評判が立って、たちまち売れっ子になったのだ。
普通ならそれで先輩遊女のことを下に見たりするものだけれど、この子は最初と変わらず
「聞いたよ。一万円札が出るんだろ」
「それそれ。いったい誰がそんな高いお札使うってんでしょうね。
たしかに、そう。
遊女のお給金なんて微々たるものだから、いくつの夜、男に抱かれたらそんなお金を手にできるのか。
そうでなくてもこの妓楼は辻沢警察のおめこぼしでやってる手前、あがりも回らずなおさらだった。
「
梯子の下からおばさんの声が掛かる。
「さ、おつとめ、おつとめ。また明日の朝、生きて会えますように」
柊が鏡の自分に向かって手を合わせた。
これはつとめに出る前に必ずやるこの娘の弦担ぎだ。いつだったか、どうしてそんなことをするのかと聞いたら、遊女は一夜を過ごす男によって生きもすれば死にもする。
こうやっておつとめ前の自分の顔をずっと覚えていて、終わった朝に鏡に写った自分と比べてみる。
そうすると、あぁ今日は死なずに済んだということがわかる。
でも注意しないといけないのは自
世界樹を見上げている冬凪に、「ダメっぽい」 報告すると、「クロエちゃんもここに来たって言ってなかった?」 言ってたような気する。でもそれは最近のことではなさそうだった。記憶の狭間にクロエちゃんを探しにゆく。クロエちゃんはいつも笑顔で冗談ばかり言ってるけど、大事なことをあたしたちに教えてくれた。藤野家の家訓もクロエちゃんが作ってくれた。「クソコメ、クソリプする。 舌打ちをする。 靴の踵をふむ。 道に唾をはく。 物に当たる。 準備もないのにオートバイの後ろに乗れと言う。 軽自動車に乗せてもシートベルトをしろって言わない。 そういうやつとは付き合うな」 理由は、最初はいい顔するけど下手打った時こっちに八つ当たりすからだそう。そういうの、まだよくわかんないけど大事そうだ。 突然あたしは思い出した。 藤野家の、裏庭に抜ける場所に山椒の木が何本かあって、小学生のころ夏の初めにその実を採ることが恒例になっていた。下の方に成っているのはいいけれど上のほうのはクロエちゃんでも届かなかったから、冬凪にもあたしにも無理と思っていた。それで手をこまねいていたらクロエちゃんが、「採れるよ。やってごらん」「「どうやって?」」「キャタツ?」 冬凪が倉庫に走ろうとしたら、「そんなのいらない。想うだけでいい」「「おもう?」」「そう。想う」 クロエちゃんは、トンと地面を軽く蹴ると、スルスルと山椒の木の梢の高さまで飛び上がって、一番上の青々とした房をむしると、ストっと地面に降りて来た。「ね」 ねって。 それで冬凪が先に言われた通りに想いを込めて地面をトンと蹴ると、山椒の木を超えてしまうほど高々と飛び上がった。梢を行き過ぎて落ちながら慌てて山椒の実を取ろうとしたけれど、枝を千切っ
鈴風とあたしも母宮木野の墓所から出て行く冬凪の後について行こうすると、ヘルメット男が黄色い牛乳瓶の箱を渡してきた。「これを頼む。自転車に乗せておいてくれ」 それを受け取った鈴風が先に出て行った。あたしが身を屈めて出口の通路に入ると、背後で水が激しく繁吹く音がした。振り返ると天井の水溜まりが渦を巻いていて、ヘルメット男が石室の中央で大きくなっていく渦を見上げていた。見る間に渦巻きが下に伸び石室の中が水飛沫でいっぱいになってヘルメット男が見えなくなった。激しい繁吹きの音が止んで石室の水飛沫が晴れた。渦巻きが消えていた。ヘルメット男もそこにいなかった。天井が鏡のような水溜まりに戻る。そして石室のどこかからヘルメット男の声が聞こえて来た。「夕霧に伝えてくれ。やっとこの世を去れる。ありがとう、と」 石室の空気が変わり入った時のぞわぞわ感が戻ってきた。そして水滴が地面から天井に逆上がりする状態になった。「ヘルメットさん。ユウさんなら、きっとまた会えるよ」 あたしはそう言い残して母宮木野の墓所から出たのだった。 墓所の外は来た時と景色が一変していた。天蓋の枯れ葉の雲から茶褐色の瀑布がいく筋も平地に落ちかかっていた。その下では山が出来、山脈となって平地を枯れ葉で埋め尽くしている。「どうしちゃったの?」「わかんない」 冬凪も降りしきる茶褐色を見上げて不思議そうにしている。鈴風が何か知ってないか顔を見たけど、「さっぱりです」 お手上げのようだった。「で、どうする?」 トリマ帰らなきゃいかんだろ。「牛乳配達の人は?」「天に召された」 めっちゃ低い天だけど。「は? どいうこと?」「ここにいるのはあたしらだけ」 冬凪は頭を抱えながら、「まじか。運転は誰がす
あたしは目を瞑り正座してお縄を頂戴する体で両手を前に差し出した。小屋の床には柊が持って来た露草の生首が転がっているはず。生首を持参した柊が田鶴さんと地下道で逃げてしまった今、警察に捕まるのはあたししかいなかった。外の騒々しさがこの小屋にも迫る中、足音が近づいて来るのを聞いて観念したところだった。小屋の扉がそっと開く音がしたので目を開けると、目の前にいたのは、あたしと同じように床にへたり込んだ、白地にブルーのラインが鮮やかなセーラー服の、あたしだった。「夏波大丈夫?」 グレーのブレザーに紺の細タイ、ボックスプリーツのスカートの冬凪が向こうのあたしに声を掛ける。じゃあ、あたしは誰? 自分の服装に目をやると、深紅のフレアスカートで、腰に大きな黒いリボンがついた制服を着ていた。これを辻川町長のマンションで選んで着たのは鈴風だった。つまりあたしは今、鈴風なのだ。目の前のニセのあたしが、「冬凪さん。わたし、鈴風です」 と言ってこっちを見た。その途端、あたしの意識が横に引っ張られて体の外に飛び出した。すぐに意識の移動は停止し再び身体感覚を取り戻した。その間一瞬だけ鈴風とあたしとの両方を視野に入れた位置に抜け出していた。そして移動が終わったとき目の前にいたのは、深紅の制服を着た鈴風だった。自分はセーラー服を着ていた。「戻ったっぽい」 まだくらくらする頭を揺すりながら言うと、「わたしも戻りました」 鈴風がそれに応じた。「エニシの切り替えをした者同士は究極のエンパシー状態となってお互いの魂を行き来する。夏波は鈴風の、鈴風は夏波の記憶を自分のものとして感じ取ったはずだ」 ヘルメット男が説明する。魂のことはよく分からないけれど、確かにあたしは鈴風として鈴風の記憶をトレースした。「それが鬼子のエニシだ」 あたしは鈴風の手を取って一緒に立ち上がった。そして二人の薬指を目の高さまで持ち上げてみた。あたしの薬指の第二関節から赤い糸が鈴風の薬指の第二関節につながっているのがうっすらと見えた。あたしは鈴風に近寄りハグをした。鈴風もそれに応えて抱き返してくれた。その時、鈴風の体から熱い波動が伝わって来て弾け飛びそうになった。それはユウさんや冬凪から感じる波動だ
小屋の床に寝かされた柊が虚ろな目で天井を見つめていた。「気づいたの?」「いいえ。夜明け前なのでまだです。今は閾の時で何も分かっていないはずです」 と田鶴が説明した時、「風鈴姉さん」と柊が妾に言った。妾は寝言に返事をすると起きて来られなくなると教わっていたので田鶴を見て確認した。田鶴が首を横に振って返事をするなと意思表示する。「風鈴姉さん。いるんでしょ。返事をして」 妾は一瞬、屍人の問いかけを思い出した。けれど柊の目はいつもの光を宿してこちらを見つめていたので、「ここにいるよ。なんだい?」 と返事をした。すると柊は、「露草に一万円札を取られちゃった。今から行って取り返してくるね」 と言うと突然飛び起き、小屋の戸を蹴倒して外に出て行ったしまったのだった。 その後、千福楼から聞こえて来たのは、戸板を破る音、窓が壊れる音、材木をひしぐ音、家財が倒れる音、怒号、悲鳴、怒号、悲鳴、悲鳴、怒号、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、そして最後に断末魔。それが数十分続いて静かになったと思ったら、小屋の入り口に血を全身に浴びた裸の柊が立った。その片手には髪の毛を掴んで生首をぶら下げていた。その首は赤黒い血が塗りたくられてよく分からなかったけれど、露草のもののようだった。「風鈴姉さん。はい。これ」 ともう片方の手に持った血まみれののし袋を妾に手渡してきた。流石にそれは受け取れないと手をこまねいていると、「お願い。受け取って」 と突き出してくる。「それは柊がもらったものでしょ。ただ受け取れないよ」 と応えると、「じゃあ、これをあげる代わりに約束して」「何を?」「もし、風鈴姉さんがまた鬼子に会うことがあったなら、妾と思って助けてあげて」 そう言うと、のし袋を妾の手にねじ
けれど今、千福楼では露草の計略で柊が逃亡したことになっている。そんな所に帰したら大騒ぎになるのは目に見えていた。「それは止めた方が。しばらく他所に隠れて様子を見てからではどう? 妾が店主に口を利けばなんとかなるかも」 田鶴は膝の上の柊の頭を優しく撫でながら、「お心遣いありがとうございます。けれど柊子がそれを望んでいますので」 と言った。「ただでは済みませんよ」今行けば田鶴も危ない。それでも連れて行くと言うのだろうか?「構いません」目を見ると相当な覚悟をしているようだったので、それ以上妾が口を出すべきではないと思ったのだった。流砂穴から落ちてきた場所から少し行くと横道があった。レンガの壁は崩れてはいるけれど道を塞ぐほどではなかった。しばらくは床に砂が敷かれた場所を歩いた。やがてそれは水に変わって生臭い匂いになった。田鶴は柊を抱えて水を蹴立てながら暗い地下道を進む。妾はその後について行く。じめついた地下道はどこまでも続き行く先がどうなっているかまったく分からなかった。その中を歩いていると、逃亡者は柊だけでなく妾も同じだと思い至った。遊女は朝、馴染み客を送り出して初めて一仕事終わったことになる。それを閨に置いたまま何も言わずに飛び出して来てしまったのだ。あの露草のことだから風鈴も逃亡したと吹聴しているだろう。そこにのこのこ帰って行ったら男衆を引き連れて待ち構えている露草に捕まるに決まっている。店主に申し立てする暇もなく酷い目に遭わされるだろう。路地裏行きは妾のほうだった。露草の目的は柊ではなく妾だったのだ。ようやく地下道が広くなり壁のレンガもしっかりとしてきた。床の水もなくなって歩きやすくなった。辻沢の街中に入ったようだ。それから迷路を経巡った後、田
砂上に立つと意外に固く中々沈んでいかない。その間もひだる様は流砂穴の淵に集まって来て、その長い鎌爪を伸ばして獲物を捉えようとする。「もがいて」 首まで流砂に呑まれた田鶴の言葉に従って砂の上でくねくねと腰を振る。初めは徐々に、直ぐに膝から腰、腰から腹、腹から胸、胸から首へと沈んでいく。そのころになって胸が苦しく息がしづらくなってきて、これからどうすればいいか聞こうとしたら、田鶴は髪の毛だけ残して既に砂の中だった。きっと水と一緒と諦めて息を止め目を瞑る。その直前あたしの網膜に写ったのは、縁に居並ぶひだる様が一斉に牙をむき唸る姿だった。 下に引き摺り込まれる感覚と全身への圧迫感でこのまま押しつぶされると思った時、突然ふわっと浮いて柔らかいものの上に尻もちをついた。「大丈夫ですか?」 田鶴の声が聞こえた。応えようとして口を開くとジャリジャリと砂の感触がして不快だった。目を開けようにも砂のせいか瞼が重い。首を振って砂を払い、ゆっくりと目を開けると苔むしたレンガの壁が目に入った。 妾は古ぼけたレンガづくりの隧道の真ん中の砂山にもたれかかっていた。天井に大きな穴が空いていて砂がサラサラと落ちている。どうやら妾はそこから出て来たようだった。体の隅々に砂が紛れ込んでいる。「ここは?」「地下道です」 辻沢には古来より地下道が張り巡らされている。強権が矛先を遊郭に向けた時に酔客や遊女を逃すためとも、吸血鬼の犠牲になった人を隠すためとも言われている。でもそれは市街地の範囲あって、こんな郊外の青墓の地下まで伸びているとは知られていない。「流砂穴の下は地下道だったの?」「いいえ。クチナシの流砂穴だけです」 他の流砂穴がどこに通じているかは知らないが、昔からここがひだる様が襲撃して来た時の逃げ道とされて来たのだそう。「もうひだる様は追って来ません」 それを聞いて安心した。もうこれ以上戦う